目次
1. はじめに
子どもの発達科学研究所は、昨年度に引き続き今年度も、中部地方のA市において、子どものメンタルヘルス調査『こころの健康観察NiCoLi』を実施しました。対象は、A市立の全小中学校の全ての児童生徒です。この調査の第一の目的は、新型コロナウィルスパンデミックが収束されない状況下で、子どものこころの健康状態を把握し、各学校において、子どものこころを守るための手立てを構築することです。
昨年度からの経年での調査により、子どものこころの健康に関して、新しく分かったことがあります。代表的なものを紹介します。
2. 本調査の特徴
- A市における全市立小中学校に在籍する小1から中3までの全学年児童生徒を対象とし、ほぼ全数の回答を得た(調査参加者は60284人)。児童生徒を対象とした調査としては、わが国ではこれまでにない規模である。
- 大規模、全数対象、更に経年での調査であるため、他の調査はもとより、昨年のNiCoLi調査と比較しても、更に質の高い統計的検討が可能である。
- 調査時期は2021年の5月から7月。子どものメンタルヘルスの実態とそれにかかわる要因(学校風土・家庭の状況・インターネット使用時間)に関する質問に対し、学校内で教師の監督のもと、子どもから、タブレットもしくは紙媒体を用いて回答を得た。それぞれの項目は科学的手法を用いて検討されたものであり、また回答結果は、統計的手法を用いて解析を行った。
3. 質問事項
こころの元気さ(抑うつ・不安):PHQ-4(Löwe et al., 2010)
学校のこと(学校風土):日本学校風土尺度(Nishimura,2020)
友達のこと(学校風土):日本学校風土尺度(Nishimura,2020)
家庭のこと:先行研究を参考にしたオリジナルの項目で家族とのかかわりを問うもの(回答の情報量の確認済み)
インターネット:使用時間
学校の状況:各学校ごとの背景(児童生徒数・出席率・外国の児童の割合など)
4. ポイント
4.1. ポイント1 昨年の結果に比べ、子どもたちの抑うつ・不安がやや高い


2021年度のA市の児童生徒の「こころの元気さ」の平均点は、比較可能な二つの調査(2019年の弘前大学の調査、昨年度のA市の調査)と比べて、高くなっていました。
〇の数が1つの子(重度の抑うつ傾向)、〇の数が2つの子(中等度の抑うつ傾向)の割合も、いずれもやや増加していました。
全体平均で見ても、抑うつ・不安傾向のある子どもの割合で見ても、2021年は、前年度に比べて、より子どものメンタルヘルスが悪化傾向にあると言えます。
4.2. ポイント2 中学校女子の抑うつ・不安の悪化が、特に心配


こころの元気さ(抑うつ・不安傾向)の重症度は、重度(Severe; 〇1つ)、中等度(Moderate; 〇2つ)、軽度(Mild)に分けられます (Kroenke et al., 2009)。
上のグラフはこの分類により、男女、学年ごとに重症度の割合の推移を表したものです。小学1年生から中学3年生(9年生と表示)の順に、2020年度と2021年度を並べて表示しています。
グラフからもわかるように、中学生の女子で特に昨年度より重症度の割合が増加しています。
4.3. ポイント3 学校風土、家庭の状況、インターネット使用時間、性別(女子・無回答)、母語(日本語以外・日本語と日本語以外の両方)が、抑うつ・不安に関連した
児童生徒個人のこころの元気さと、その他の個人要因との関連

「こころの健康観察NiCoLi」には、抑うつ・不安の他にも、学校風土や家族とのかかわりについて問う項目、また、インターネット使用時間、更に個人の背景情報(学年・性別・言語)の項目が含まれています。
今回の回答データで、抑うつ・不安に関連する項目を検討したところ、上の表にある項目は全て、抑うつ・不安との関連が統計的に示されました。下にその内容を示します。
- 学校風土(「学校での生活のこと」、「友だちのこと」)や家族とのかかわり(「家での生活のこと」)が良ければよいほど抑うつ不安傾向のリスクが下がる。
- ゲームやインターネットの使用時間が長いほど抑うつ・不安傾向のリスクが高まる。
- 女子では、学年が上がるほど、抑うつ・不安のリスクが上がる傾向がある。
- 日本語以外の言語を使用する児童生徒や、日本語と日本語以外の両方を使用する子は抑うつ・不安傾向のリスクが高い傾向がみられる。
4.4. ポイント4 経年の調査結果から、家庭のこと(家族とのかかわり)と、インターネット使用時間は、こころの元気さに影響を与えることが示された

メンタルヘルスや環境要因の影響の因果関係について検討したところ、以下のことが分かりました。
- 2020年度の「こころの元気さ」得点が2021年度の「学校での生活のこと」得点に与える影響(β=-.06)は、その逆の影響(すなわち、2020年度の「学校での生活のこと」得点が2021年度の「こころの元気さ」得点に与える影響)(β=-.02)より大きい。
- 2020年度の「こころの元気さ」得点が2021年度の「友だちとのこと」得点に与える影響(β=-.11)は、その逆の影響(β=-.04)より大きい。
- 2020年度の「こころの元気さ」得点が2021年度の「家での生活のこと」得点に与える影響(β=-.08)は、その逆の影響(β=-.08)と同程度である。
- 2020年度の「こころの元気さ」得点が2021年度の「ゲームやインターネットのこと」得点に与える影響(β=.006)は有意ではなく、その逆の影響(β=.05)は有意であった。
以上のことから、次のことが示唆されます。
- こころの元気さが低いと、学校での生活や友だちのことに対してマイナスの影響を与える。
- 家での生活とこころの元気さは相互に影響しあう。
- こころの元気さが低いとゲームやインターネットが増えるというよりむしろ、ゲームやインターネットが多いとこころの元気さが低くなる傾向がある。
4.5. ポイント5 特別支援学級の子どもたちの抑うつ・不安傾向が高い
「こころの元気さ」(抑うつ傾向)

5. 最後に
最後に、特別支援学級の子どもたちの結果をご紹介します。
上のグラフは、左が通常の学級の児童生徒、右が特別支援学級の児童生徒の、学年ごとの抑うつ・不安の回答結果を示しています。支援学級の子どもたちの抑うつ・不安が高い(こころの元気さが低い)傾向は、昨年度の結果と同様でした。
今年度も、昨年度と同様の結果が示されたことにより、我々は、こうした支援学級の子どもの困難さが確かにあるであろうと捉えています。更なる研究や早急な対応の必要性について、社会全体の課題として検討が必要であると言えます。