日本いじめ尺度の信頼性・妥当性と小学4年生から中学3年生における推定有病率:学校ベースの大規模調査

1. 研究の背景

1.1. いじめの実態がわからない

いじめ被害は学業不振、不登校などと関連し、子どものメンタルヘルスに深刻な影響を及ぼすことが分かっています。またいじめ被害の影響は長期に及び、後のうつ、不安、自傷、自殺、自殺企図などとの関連も明らかになっています。

いじめの定義について、国内では「いじめ防止対策推進法」において、「児童生徒に対して、当該児童生徒が在籍する学校に在籍している等当該児童生徒と一定の人的関係にある他の児童生徒が行う心理的又は物理的な影響を与える行為(インターネットを通じて行われるものを含む。)であって、当該行為の対象となった児童生徒が心身の苦痛を感じているもの」としています。被害性のみを根拠として定義することで全ての被害者を見逃さないようにするという意図がうかがわれます。しかし、この定義では、被害者が被害性を認知しにくいが、「いじめ」へと発展しやすい事象(例えば、からかい、ふざけあい、不均衡な力関係に基づく交流など)が含まれません。また逆に対等な力関係の中で起こったが一方が(もしくは双方が)「被害性」を主張したけんかなどの事象を含みます。

国際的には、「いじめ」(bullying)の定義として、Olweus(2013)の『「不均衡な力関係」において、「相手を傷つける意図」をもって「繰り返し」行われる行為』がもっともよく採用されます。また、その定義を反映した計測法(評価尺度)が開発されており、広く利用されています。

これまでの国内の研究においては、様々な定義のもと異なる方法を用いて多くのいじめの調査研究が行われてきましたが、こうした確立された定義や計測法を用いていないため、それぞれの結果を比較することができませんでした。つまり、我が国のいじめが増えているのか減っているのか、他国と比べて違いがあるのか、といったことさえ分かっていません。ただし、一部の例外として、上記の代表的な定義と評価方法を用いた研究*があり、いじめ被害(2~3か月の間に少なくとも1回以上)の割合として、13.9%との報告があります。

1.2. 我が国における『いじめ』の頻度を正しく計測する必要がある

欧米など海外のいじめ研究においては、その計測法の信頼性と妥当性を統計的手法を用いて検証した上で使用します。近年では、項目反応理論などより高度な統計的手法を用いて、尺度の正確性を検証した研究も多く報告されています。ところが、わが国で利用されてきた「いじめ」計測法について、森田(2001)*を含め、これまで統計的な信頼性妥当性の検討が行われたことは全くありませんでした。

そこで、わが国の「いじめ」の実態を正しく定量的に計測することを目的として、海外で広く採用されている「いじめ」の定義と、それを計測するための計測法をとりいれ、わが国の実情に合った形にした尺度(日本いじめ尺度)を開発し、項目反応理論等を用いてその正確性を検討することとしました。

1.3. 目撃者の役割

日本いじめ尺度では、従来にない「いじめ」への視点として、被害・加害とともに目撃という切り口を加えて計測することとしました。海外のいじめ研究では、効果的な「いじめ」対策の対象者としていじめ被害と加害の当事者とともに目撃者を含めるべきであることが繰り返し指摘されています。いじめを目撃した子どもに潜在的ないじめ防止の役割(いじめ被害者を助ける)があるとされるからです。

2. 研究の目的

本研究の目的は以下の2点です。

  • 日本のいじめを測定する信頼性と妥当性を伴った尺度 (日本いじめ尺度:Japanese Ijime Scale)を開発する。JaISの定義はOlweusの定義の3条件を用いる。
  • JaISを用いて、いじめ被害、加害、目撃の割合を測定し、その結果を、国内外の他の調査研究結果と比較する。

3. 研究の方法

対象者 人口約17万人の中規模の産業市の小学校4年生から中学校3年生(小学校6校、中学校3校)の2334名です。調査は2015年12月に行われました。

測定 測定には日本いじめ尺度*(Japanese Ijime Scale: JaIS)を用いました。背景要因として、学年、性別、国籍、家庭の年収、言語を尋ねました。

探索的因子分析

因子分析は、JaISの被害サブ尺度、目撃サブ尺度で測定されたものは、それぞれ1因子であり下位項目はないのか、つまり、それぞれの尺度は、1つの「いじめ被害」そのもの、「いじめ目撃」そのものを測定しているのかどうかを確認します。

項目反応理論

例えば、いじめ被害サブ尺度について、測定の対象の子どもには、いじめ被害の傾向(いじめられやすさ)がとても高い子もいれば、ほとんど「いじめられやすさ」がない子もいて、一人一人その傾向は異なっています。目撃のサブ尺度も同様で、いじめ目撃の傾向も様々な程度の子どもがいます。項目反応理論では、「どんないじめ被害(もしくはいじめ目撃)レベルの子であっても、尺度がそれぞれを正しく測定できているか」を検証することができます。

外的基準関連妥当性

いじめ被害、目撃のそれぞれのサブ尺度の外的基準関連妥当性は、うつ得点(「DSRS-C」)と、被害もしくは目撃の合計得点との統計的関連を調べます。また、いじめ加害の1項目は、行為問題の合計得点(「Strengths and Difficulties Questionnaire」の下位項目)との統計的関連を調べます。

4. 研究の結果

探索的因子分析

被害サブ尺度、目撃サブ尺度とも、それぞれ1因子でした。 

項目反応理論

表1
表2

上のグラフは、「身体的いじめ」被害の回答について示しています。横軸の-4から+4までが、「いじめられやすさ」を示しています。青いラインは「いじめられていない」、赤は「1度か2度、もしくは月に2、3回」、緑は「一週間に1度以上」いじめられているという回答になります。いじめられやすさが低い子(「-4」から「1」のあたり)は青のライン(つまり「いじめられていない」と回答する確率)が高く、いじめられやすさが中程度の子(「2」のあたり)は赤ラインが高く、いじめられやすさが高い子(「3」から「4」あたり)は緑ラインが高くなっています。つまり、それぞれの「いじめられやすさ」に正しく合った回答を子どもたちが選択しているということが示されました。他の種類のいじめにについても結果は同様でした。

右のグラフの青いラインは、いじめ被害尺度全体の「情報量」で、この尺度で測定しデータがどれだけ情報を持っているかを示しています。これを見ると「いじめられやすさ」が2のあたりで、高い情報量の値を示しています。つまり「いじめられやすさ」が高い子について、最もよく測定できているということを表します。

外的基準関連妥当性

いじめ被害、もしくは目撃サブ尺度のそれぞれの得点とうつ得点、また加害1項目の得点と行為問題の得点はそれぞれ有意に相関していました。これにより、外的基準との関連による妥当性が示されました。

いじめ被害と目撃の割合

いじめ被害と目撃の割合
表

5. 考察

本研究で以下のことが明らかになりました。

日本いじめ尺度(JaIS:Japanese Ijime Scale)は十分な信頼性と妥当性をもち、「いじめ」を正確に測定する尺度である。

小4から中3のいじめ被害、目撃、加害の割合について以下の点が明らかになった。

  • 「いじめ」被害者の割合は35.8%(2、3か月の間に少なくとも1回以上を「有り」とした場合)。
  • 中でも言葉の「いじめ」が最も多く19.5%。
  • 一方、「いじめ」目撃の割合は32.8%
  • 加害の割合は11.8%( 2、3か月の間に少なくとも1回以上を「有り」とした場合)。
  • わが国の児童・生徒の3人に1人が「いじめ」被害にあっている。
  • いじめ被害は、同じ基準で計測した海外のデータと比較しても多いと言える。
  • 「いじめ」被害の経時的傾向については、海外では総じて「いじめ」被害者の割合の減少傾向が報告されているのに対し、わが国では20年前と比べて大幅な増加が示された。
  • 一方、海外の報告に比べ、わが国では「いじめ」目撃者の割合が低いことも示された。

6. 今後に向けて

日本いじめ尺度を使用することで、科学的根拠をもっていじめを計測することができるようになりました。今後、いじめ防止の取り組みは、その効果の検証を行いながら進めていくことができます。国内ですでに行われているいじめ防止の取り組みについても、その効果を確かめ、確かにいじめ防止の効果があるものを広げていくことができるようになります。

また海外のいじめとの違いを比較検討することも可能になります。海外のいじめとの共通部分を明確になることで、先行するいじめ防止研究の成果も効果的に取り込むことが可能になります。

また目撃者の実態も把握し、被害者・加害だけでなく、目撃者のいじめ防止の役割にも目を向け、具体的ないじめ防止の取り組みを進めていくことが大切だと考えています。

引用文献:Reliability and validity of the Japan Ijime Scale and estimated prevalence of bullying among fourth through ninth graders: A large-scale School-based survey. Osuka Y, Nishimura T, Wakuta M, Takei N, Tsuchiya KJ. Psychiatry and Clinical Neurosciences.73(9) 551 – 559 Sep, 2019.

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