RTIモデルで子どもの発達支援を行う

1. 子どもの発達上の課題へどう対応しているか

「不登校」「いじめ被害(もしくは加害)」「非行」など、子どもの発達上の課題について、学校現場では、どのような対応がされているのでしょうか。
当然ほとんどの学校で、問題がある子ども(もしくは問題を起こした子ども)に対する指導、支援を検討し、支援体制を充実させているでしょう。これまでの国の方針も同様で、支援体制の充実を図る一環として、スクールカウンセラー、スクールソーシャルワーカー等の専門職の増員がなされてきました。

もちろん、これらの取り組みは大いに進めるべきでしょう。すべての子どもの発達を支えるという点で、困難を抱える子どもへの支援体制の充実は必須であるし、子どもの発達に関係する他職種がそれぞれの専門性を活かし、協力して支援体制を構築していくことは、今の学校には欠かすことができません。

しかし、一方で、これだけでいいのか、という疑問は浮かばないでしょうか。上記のような取り組みは、問題がある子ども(問題を起こした子ども)を対象にしています。つまり、子どもの問題があらわれた、もしくは子どもが問題を起こした時点で、初めて支援が入ります。では、ここに、問題が起こる前についての視点があるでしょうか。

実を言うと、アメリカでは2000年に入る頃に、こうしたアプローチは「子どもの失敗を待つモデル」であるとして問題が指摘され、新たなモデルの構築が提案されました。
新たなモデルとは、RTIモデル(Response To Intervention Model)を言います。直訳すると、「介入・支援への反応モデル」となります。

2. RTIモデルとは

教育からいったん話がそれますが、生活習慣病で、RTIモデルを考えてみましょう。

私たちは、成人型糖尿病や肺がんなどの病気になりたくないと考えています。では、私たちはどんなアプローチをしているのでしょうか。「病気になったら治療する」「治療の質を高める」ということのみではないでしょう。それでは、「病気になるのを待つモデル」になってしまいます。それ以外のアプローチとして、どの段階で、どんなことをするのでしょうか。

この図を見てください。

図

二等辺三角形は『全ての人』です。公衆衛生のRTIモデルでは、その全ての人を対象に、一次支援、すなわち「全ての人を対象にした予防」を行います。ここでは「タバコをやめましょう」「野菜をとりましょう」としていますが、よりよい生活習慣についての啓発が主になります。

この予防的アプローチによって、多くの人が健康的な生活を送ることができるでしょう。しかし、もちろんそれだけでは十分ではありません。一次支援だけでは病気を防げず何らかの症状が出てくる人がいます。こうした人が、この二等辺三角形の黄色部分であり、全体の5~15%となります。

そこで、この5~15%の人たちに、二次支援として「初期症状への対応」を行います。ここでは生活習慣を変えること、対症療法となります。この二次支援の結果、健康を取り戻す人がいます。しかし、中にはそうした支援では十分ではなく(つまり二次支援の反応も十分でない)病気になってしまう者が出てきます。そこで、二次支援では十分でない1~5%の人たち、すなわち二等辺三角形の赤色部分に、三次支援として徹底した治療を行います。

このように3つのレベルでそれぞれの反応に合わせて次の段階の支援を入れていくのが、RTIモデル(Response To Intervention Model)です。まさに、「介入・支援への反応モデル」です。

RTIモデルで重要なのは、三次支援(つまり病気になった人への治療)のみを行うのではなく、それ以前に、一次支援、二次支援を十分に行うことです。RTIモデルは、この三つのアプローチがセットなのです。

では、子どもの行動の問題や発達上の課題に、このRTIモデルをあてはめてみたらどうなるでしょうか。これは「行動支援」のRTIモデルとなります。

3. 行動支援のRTIモデル

図

この図のように、すでに起こっている子どもの行動上の問題に対する支援の構築は、三次支援の部分です。そして、一次支援及び二次支援とは、子どもの行動の問題、発達の課題が明確になる前の、予防的支援もしくは初期対応です。

さて、もう一度学校での取り組みを思い起こしてください。学校は、特にこの一次支援を十分行っていると言えるでしょうか。もしかしたら、「子どもたちが問題を起こすまで(学校が)何もしていない」、「子どもが支援を受けるには、問題を起こす以外に方法がない」という状況になっていないでしょうか。

4. 一次支援の難しさ

これまで学校において、一次支援(予防的支援)が十分でなかったとしたら、その理由として考えられることがあります。

二次支援、三次支援は、両方とも子どもが何らかの行動(いじめ、不登校、暴力など)を起こした事実を受けての対応です。つまり、ターゲットが明確です。更には、「いじめが解決した」「登校が安定した」などの変化として、取り組みの成果を把握することが容易です。

しかし一次支援はそうはいきません。「問題を起こさない」状態をそのままにしておくわけですから、それが何らかの取り組みの成果であることさえ気づかれにくいでしょう。気づかれたとしても、どのようなアプローチが実際にその結果に結びついたのかがわかりにくいのです。

つまり、これまで、子どもの問題を予防的に支援していたとしても、その取り組みや効果について誰も気づいていなかった、ということがあったのではないでしょうか。逆に子どもの行動の問題をうまく立て直したことばかりに注目が集まっていたのではないでしょうか。

5. 子どもの行動上の問題を予防するもの

ここで、子どもの行動支援のRTIモデルの視点で、「子どもみんなプロジェクト」を振り返ってみましょう。子どもみんなプロジェクトは、いじめ、不登校、暴力行為といった子どもの情動発達の課題を科学的方法で解決することを目的とし、大阪大学大学院連合小児発達学研究科を中心とした10大学コンソーシアムで取り組んだ文部科学省委託事業です。子どもの発達科学研究所は、その事務局の中心となった経緯があります。

図

引用文献:大阪大学、浜松医科大学、(公社)子どもの発達科学研究所:学校風土を変えよう、子どもみんなプロジェクト、ハンドブック2020、6−9
参考文献:文部科学省委託事業、子どもみんなプロジェクト 事業成果報告書

表は、2016年度の「子どもみんな調査」において、小中学校8校(小学校5校、中学校3校、児童生徒数1,128名)の協力を得て、いじめに関連する要因を調査した結果の一部です。いじめについては日本いじめ尺度(JaIS)を用いて測定し、いじめへの関与について被害のみ、加害のみ、被害・加害の3つのサブタイプに分類し、関与のない児童生徒と比較しました。表中「*」のある赤字の数字に注目してください。これらは、統計的有意差があるもので、簡単に言うならば、科学的に関連があるとされたものです。

例えば、いじめ被害の「SDQ全体の困難さ(High need)」のところに、2.41とありますが、これは「SDQ(子どもの強さと困難さ尺度)で支援ニーズが高いと判断された児童生徒はそうでない児童生徒に比べて、いじめ被害リスクが2.41倍」であることを意味します。同様に学校風土のところに、それぞれ0.98、0.97という数字が入っていますが、「学校風土(学校の雰囲気)を測定する尺度、学校風土尺度の点数が1点高くなるにつれて、リスクが0.98倍になる(リスクが下がる)」ことを意味します。
子どもみんなプロジェクトでは、こうした方法による研究の結果、以下のことが明らかになりました。

いじめ被害や加害リスクを高めるのは、特別支援の必要性、抑うつ・不安傾向、孤立(友達が少ないこと)、学校風土の悪さといったことです。よって、特別支援教育、心理教育の充実、学校風土の改善を行うことが、いじめの予防に効果があると考えられます。

不登校リスクを高めるのは、低学力、発達障害の診断や疑い、特別支援教育の必要性、抑うつ・不安傾向、孤立(友達が少ないこと)、家庭の状況(主に貧困)、学校風土の悪さといったことです。よって、特別支援教育、心理教育、家庭支援の充実、学校風土の改善を行うことが、不登校予防に効果があると考えられます。

表1いじめ問題
表2不登校

6. RTIモデルで子どもの発達支援を行う

生活習慣病のRTIモデルを思い出してください。質の高い治療はもちろん大切です。しかし更に重要なのは、病気にならないようにするための予防です。

様々な子どもの問題を解決することは、子どもの今を守るだけでなく、子どもたちの将来、そして社会の未来を明るくする力があります。私たちは、常に予防的な視点をもち、子どもの発達を支える実践を進めるべきでしょう。

そのためには、何が子どもの発達を支えるのかを科学的に正しく検討する研究と、それらを教育現場でどう具体化するのかを広めていく取り組み、この両方を欠くことはできません。我々子どもの発達科学研究所は、この取り組みを今後も進めていきます。

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