前号でフォーカスグループの結果をご報告しました。今回は大規模調査の結果の速報値をお知らせします。
目次
- 背景
- 教育・子ども支援の現場におけるエビデンスの活用
- 教員、支援者のデジタルリテラシー
- デジタルトランスフォーメーション(DX)
- この研究において明らかにしようとしていること
- 研究の方法
- 対象
- 手順
- 質問の内容
- 結果(速報値:2022年10月15日現在)
- 支援者はエビデンスのあるやり方に、抵抗感はない人の方が多いかもしれない
- 自身の業務のデジタル化を予定していない支援者は、「セキュリティーへの心配」という障壁が大きいかもしれない
- 考察
1.背景
教育・子ども支援の現場におけるエビデンスの活用
これまで私たち、子どもの発達科学研究所は、子どもの発達支援の現場に科学的な知識、スキルを導入し、エビデンスに基づいた支援を実現しようとしてきましたが、そのときに感じるのは、全ての者がそうであるわけではないのですが、未だに、多くの教師をはじめとする支援者が、経験則に頼り、従来の支援を繰り返し、新しい知識や支援方法の導入に懐疑的であることです。また、子どものデータを収集すること、データから分かったことを支援に活かすことについても、「子どもを数字で見るなんて間違っている」など、感情的な反発を向けられることも少なくありません。
一方、コロナ禍において加速した社会のデジタル化の中、義務教育課程の児童生徒1人に1台のコンピューターと高速ネットワークを整備する「GIGAスクール構想」が着実に進められています。国は「教育データ利活用ロードマップ」を示し、教育データの基本項目の標準化やデータ連携、Evidence-based Policy Making (EBPM) などを検討しています。しかし、現時点ではデータは自治体、学校、家庭、民間事業者等に点在しており、データの一元化とその利活用には程遠い状態です。
教育現場では、子どもに関するデータの利活用には抵抗感が根強いと言われており、その根底には、科学的根拠に基づく教育(evidence-based education: EBE)に対する研究者と教員との価値観の相違(岩崎、2017)、教員のICT活用指導力の低さ(登本・高橋、2021)や地域・学校間差(文部科学省、2021)、ネットいじめなど安全性に関する問題(登本・高橋、2021)等が関連している可能性があります。
教員、支援者のデジタルリテラシー
教員のデジタルリテラシーについて、小柳(2010)は、小中高の現職教員324名を対象に調査を行い、教員は子どものリテラシー把握の重要性とその対応への必要性については一致した考えを示すものの、自身の利用経験や態度は異なることを報告しています。一方で、教育データの利活用については、教員がどの程度知識を有しており、重要視しているかを調べた調査は見当たりません。また利活用されるデータの種類(成績、出欠席、体力測定、メンタルヘルス等)によって、知識や重要視の程度は異なる可能性があります。
デジタルトランスフォーメーション(DX)
DX(ITを利用して事業の業績や対象範囲を根底から変化させること)は、教育分野だけでなく、医療・福祉分野でも求められています。国立障害者リハビリテーションセンターの調査では、コロナ禍において、簡便な情報収集への要望、電話診療やオンライン診療普及への要望、LINE等での相談体制の要望などデジタル化を求める声の一方で、外出自粛によるストレス、当事者会等のオフライン開催への要望など、コロナ禍前の体制(レガシーシステム)維持への要望も認められました。
2.この研究において明らかにしようとしていること
コロナ禍で新しい生活様式が採用され、デジタル化が進んだ今、教師などの支援者は、デジタル化、科学的根拠のある指導支援の方法について、どのような価値観、意識を持っているのか。
3.研究の方法
対象
子どもに携わる支援者として、教育関係者(学校教職員、教育委員会、幼稚園・保育園職員)、医療・福祉従事者(医師、臨床心理士・公認心理師、福祉施設職員等)、約1000名を対象とする。
手順
ミックスドメソッドを採用する。フォーカスグループにて、本研究課題についてディスカッションを行い、そこでの議論を経て、質問紙の内容を精査したあと、本調査としてWebによる大規模アンケート調査を行う。
質問の内容
支援者の課題意識、価値観(特にデジタル化、科学的根拠に基づく支援の実現に対する価値観)、精神的健康、自己効力感
4.結果(速報値:10月15日現在)
支援者はエビデンスのあるやり方に、抵抗感はない人の方が多いかもしれない
図1のグラフは、「マニュアル(エビデンスに基づいたもの)に従う必要があるとしても、新しい治療、教育、支援の手法を試したい」についての結果です。このことに賛同する人(「強くそう思う」「そう思う」「いくらかそう思う」)の割合は96%と、ほとんどを占めていました。
自身の業務のデジタル化を予定していない支援者は、「セキュリティーへの心配」という障壁が大きいかもしれない
自身の業務のデジタル化に取り組んでいない支援者は、約10%でした(図2)。そのうち、「今後取り組む予定である(6.6%)」群と「取り組む予定はない(3.3%)」群を比べると、「セキュリティーについての不安」が障壁である割合に大きな差が見られました(図3)。
5.考察
支援者が、エビデンスのあるやり方について、抵抗感がない可能性があることが示唆されましたが、一方で未だにエビデンスのあるやり方が現場に入っていない現実があります。学校、行政などのシステムの問題、現場のニーズにあった“エビデンスのあるやり方”が十分に提供されていないなど、別の理由の検討が必要です。また、支援者にとって、「セキュリティーへの心配」が、デジタル化の障壁になっている可能性が大きいことも示唆されました。急速に変化する社会の中で、支援者のメンタルヘルスや自己効力感も気になるところです。さらに詳細な解析を進めていきます。